夢つながり

 
さっきお母さんから電話があって
大丈夫?といきなり聞かれました。
とつぜんどうしたの?とこっちが驚いて聞き返すと、
いや、あんたの夢をみたからね。ということでした。

そのゆめがまたへんな夢でした。

えみがいないなぁと思って探しまわっていたらドアがあり、
開けると洋風のバスタブ(ねこあしの)があって
その中に私がうかんでいて、
あぁこりゃ死んでるわと思って抱きかかえてみたら
ジャージャーとおしっこをしたから
なんだこりゃ問題ないとおもった。そんな夢(笑)

もともと私も沢山夢を見る方で、
ここ最近わたし自身も気になる不思議な夢を見ていました。
そんな訳で最近朝手放せない夢辞典を電話のあとに開いてみると、
バスタブも、おしっこもどちらも浄化を示すもので、
バスタブが空ではなかった事も、ジャージャーと勢い良かった事も
どちらも余計な事をうまく浄化できているという解釈のようでした。
お風呂という場所は、仕事の変わり目という意味もあり、
まさに最近考えていた事だったので、
それがお母さんの夢に登場した事が驚きでした。
すごい場所でつながっているものです。

私が昨日みた夢は、試験を受ける夢と虐殺される夢でした。
ぜんぜん知らない人が試験官で、私が試験を受けています。
「問題の意味が分からない」とその人に質問すると、
その人が大混乱してしまい、それに対して疑問を抱く夢でした。
数学のテスト自体は簡単で、答えが全部きれいに1か0になる
簡潔な問題で妙な感じでした。
虐殺される方の夢は、昔通っていた小学校が舞台で、
敷地内から外へどうにか逃げようとゲームの様に戦いました。
それでも最後は校庭にみんなつかまり、つぎつぎに殺されてしまう
順番を待つという夢でした。こわかったー。

そんな夢の解釈をまとめてみると。
現実での困難や不安、そして私を束縛しているなにかと
対決するチャンスがやってきていて、自分と必死に向き合っているところ。
もうすぐその悩みや考え事は解消するらしく、
社会的なきまりごとや道徳にがんじがらめにならない様に
自分なりの柔軟な思考や行動を大切にした方がいい。
ということでした。自分の中では単純な問題が、社会の中では複雑で。
それに対して常に疑問を持っているようでした。

夢っていうのは、寝ている間に自分の脳みそからでてくるものだから
なんかほんとはほんとの事なんじゃないかと思います。
寝ている間に頭の中に思い浮かんだイメージの記憶?なんだよね?
実際にみたり触ったりしていないのに記憶は残るのかぁ。

よくわからないけど、起きている時には意識していなかったり
無視している様な感情からのメッセージだということは、
毎日これだけたくさんのメッセージが自分発、自分ゆきで届いているのかー。
不思議だ!ね。

でも今回すごいのは、
私の無意識発、おかあさんの無意識ゆきだったという事でした。

 

the Answer is ...




もうまどわされないぞ!


この1週間のうちに
必要な物事のタイミングは、おのずとやってくるものだと
あらためて思いました。
じわじわとどうしよっかなぁと考えている事は、
ポン!!と決断のタイミングが訪れて、はい!と決まる。
そうなるべき事は、そうなるもんだと。
本当の事ならうまくいくし、ちょっと違うならうまく流れていかない。
じぶんに必要なことにはなんなく近づいていける。

そう思うと、どんな出来事も受け入れられた。
すべてはうまくいくんだと思う。
そう完全に信じられる時点で、もう大丈夫だ。
そういうことはある意味で、私にとって神さまのようなものだと思う。


落ち込んでも、なやんでも、
自分がしあわせであることを思い出せば解決するからね。
生まれつきしあわせ、生きる事とはそれに対する感謝だなぁほんと。
ただ水とか太陽とか空気とか食物とか、
そんな自然に、生かされているだけなんだけどね。
科学にもだれにも自然は創りだせないからな。

こんな事をしている自分はしあわせだろうか。
と毎晩考える様にしていますが、
やはりしあわせなんだよね。


だんだんと、次のステップを意識しはじめている今日このごろです。

皆さんご無沙汰していましたが、お元気ですか?
気が向く時に一報下さい。

emi


 

物語のこうかん


最近季節の変わり目だからか、初めての低血圧に悩んでいます。
あたまがぼーっとして朝なかなか目が覚めないのです。
よくない!
梅干したべないと!
23歳は体の変化が起こりやすいんだって。
まさか!と思うけどわたしはもう23歳です。


今日は沼津へ行きました。
ひさびさの遠出?かな?気分的には。
北口すぐのケンブリッジの森。
ふぅー・・・とおもうと行きたくなるカフェ。
沼津に行きたいなーと思うと、あ、疲れがたまったかな?と思います。
今日も、行ってとても良かった。

ケンブリッジにはスタッフの皆さんに会いに行く様なもので、
店長のすすむさんにはいつも色んな事を教えてもらう。
結局、同じ仕事を同じく真剣に考えていたら、
同じところに行きつくんじゃないかなと思った。
大先輩。

今日はいい事を沢山聞いた。
でもまだ自分の中に消化できずにそのままある感じなので、
明日からの仕事で、どうにかわかるといいな。
生きるのがもっともっとおもしろくなる様な事を聞いたんだよ。
興奮しているけど、説明は出来ないのです。
わかった時にはまた報告します。


今日はすごく頼りにしていた先輩スタッフが辞めた日でした。
自分はお休みで最後の日に顔を見る事は出来なかったけど、
これまでのエクリュたまプラーザ店にとってすごく重要な人だった。
あっちにいったり、こっちに行ったり、試行錯誤の1年半を、
たった三ヶ月関わってくれたくれただけで、
ひとつの方向を見せてくれた人だった。
そんな風に思うのは私だけかもしれないけれど、
いつも正しい判断で、あくまで客観的に見てくれた。
最後まで客観的であったのは、
その人が私たちのお店の感じではなかったって事でもあるのかな。
でもその人のおかげでどんな状態でも、
だんだんと不安がなくなっていっているのは確かだと思える様になった。

10人のスタッフと、日々100人近く関わるお客様と、
毎日おこる出来事の積み重ねで、
本当に大切な事忘れがちになってしまうけど、
「それでいいんだよ」って思わせてくれた、そんな人でした。
すごく会えて嬉しかった。

明日からまた、お客さんを、本当に、大事にしてあげられる様な気がします。
ケンブリッジでの時間が、こんな気分にまでさせてくれたのかぁ。
すきな場所に行った帰り道は、こころも落ち着いてしあわせだ。
こういうことなんだよね。


写真はcandle JUNEさんのキャンドル。
ひとつ手に入れたら、家の電気がほとんどいらなくなりました。


 
 

どこまでも歩けそうだ



今日は休みで、長い1日だった。
考え事をしていたせいかな。

朝は砂浜で、夏の様な日差しの中いつの間にか寝ていました。
あっついなー、と思ったけど太陽のチカラに体が満たされていくのがすごく良かった。
1時間くらい寝た後で、本を読みました。
本を読んだ後に、持っていたウォークマンで音楽を聴きました。
最後に、海にきたら本や音楽はいらないなーと思いました。
帰り道の電車で自分がこげくさいことに気づきました。

家に帰ってくると、それでもまだ11時で、布団をほしてシャワーを浴びて
干している布団の上から自分も干す様にして昼寝をしました。
ぬれた後に太陽に当たっていると、自分の肌がすごく好きになりそうでした。
あったかくて、でも清潔な感じで。

そして昼過ぎにお茶を習いに行きました。
今日で3回目の稽古。ひと通り夏のお茶を教えてもらいました。
先生の家にはドクダミが生けてあり、新鮮でした。
ドクダミの白い花は十字架に見えるんだよ、と教えてくれました。
稽古自体は、だんだんと難しくなってきました。
繰り返しても、客を相手にすると緊張してすっかり動きが止まってしまい
それを仕事にしているので、まだまだやなぁと思いました。
改めて知る、おもてなしの基本。
お盆の持ち方にしても、どうしてそういう持ち方なのか
意味や理由まで知る事は、明日の仕事にひとつひとつ
新鮮さや楽しさを与えてくれそう。

明日から始まる6月は今までのキッチン内の仕事にかわって、
ホールでの接客になる。本当はすごく楽しみ。
やっとお客さんと、テーブルと、椅子と、天気と、店作りを出来る気がする。
だから今日の稽古はすごくよかった、いい心の準備ができたというか。

稽古の後、夕方6時まではいつも先生の家にあるピアノを弾かせてもらう。
その間先生は夕飯の支度をしているそう。
下手でも、ピアノの音が好きだ。


冷静と情熱の間という映画に出てくる、
主人公の二人がよく行く喫茶店のいつもの窓際の席。
なぜか三回も見た映画。三回ともその席が気になった。
理想の窓の席でいつか出会えないかなーと思っていた席に
帰り道に寄った、ぜんぜん期待していなかった喫茶店で見つけてしまった。
えりこにおしえなきゃ!(読んでるかなー)
恋人と行ってみたいものです。


そんなこんなで、夜になり、下北沢から家まで歩いた。
茶沢通りを歩くとき、なんでいつもこう同じ気持ちになるのかな。
なぜかすごい早いペースでどんどん歩いてしまう。
止まらないような、止まれないような、
本当にどこまでも歩けそうな気がしてくる。
このまま誰にも会わずにいくつも角を曲がって、橋を渡って
一度も止まらずに、海にたどりつく様な気分になる。
海にたどりついたら、たぶん止まれる。
そして、誰かに、もしくは何かに会える気がする。
そんな気分。
そんな気分が茶沢通りなんだな、私にとって。
なんなのだろうか。
もしかしてフォレストガンプが走る時みたいな感じかな。
いや、でも家に着くだけなんだけど、実際はね。


今日は移動の多い日で、その間に読んでいたのが
よしもとばなな「うたかた/サンクチュアリ」で、
ばななさんが、恋をすることは本当にかなしい、とか
果てがないとかそんなこと書くから!
きっと今こんなに淋しくなってしまったんだな。


よく歩いた。
色んな事を思いついた日だった。
例えば、残念な事の後ろには期待や愛情があるんだなぁとか。


 

ご紹介 ①

 
このブログ好きなんです。
あこが教えてくれた、元スーパーカーいしわたりさんのブログ!
KIHON the BASICって名前も好きです。
じかんがあれば、一度見てみてくださいね。
最近の記事から、彼も高専生だったようでなんか親近感。

http://blog.eplus.co.jp/kihon/2006-05-26

 

時間の流れ

 
たまには見てくれてる人いるのかな。
そうだったら久しぶりでごめんなさい。

5月はいつのまにか終わりそうです。
友達の結婚式のために宮崎に帰ったり、仕事でもいろんな変化があったり、
わりに変化の多い日々でした。
一応報告。

今日の朝、いつも7時に家を出る私のすきなひとは
あーもうすこし時間があればいいのにね。こんな気持ちのいいの日に。というと、
じゃあ7時7分に出ようと言いました。
7分かぁー、とその時思いました。
当たり前の事なんだけどね、仕事だから。
そうか、7分かぁと。印象的でした。

東京にいるんだなぁと思いました。


駅までの道、太陽が気持ちよかったので、
手を引っ張ってもらって目をつぶって歩きました。
この社会の時間の流れから抜け出せるような気分でした。
それはものすごい安心感と、開放感でした。
でもそれは手につながれた世界があるからこそなのかもしれないとも思いました。
まったくひとりで、どこにもつながっていない時間の流れの中にいるのなら
きっとまた違う気持ちがするんだろうな。


電車に乗ると、通勤時間まっただ中。
女性専用車両にたまたま乗ったので、余計に東京に戻ってきました。
お化粧に大忙し、急ぎ足のヒールの音。
天井からの吊り広告には、ファッション誌の派手な広告。
せっかく気持ちいい気温なのに、冷房で寒い。
思い出すのはshozo cafe。
遠い場所にあるのに、どうしても行ってしまう、先週も行ったばかりのcafe。
どうして思い出すんだろう。
この電車に乗っていても、あの空気が私の中に流れてくる。
あの場所があるから大丈夫だ。
すごいな。だって、cafeなんだよね、その場所っていうのは。

いつかそんな場所を私も作れるかな。


そろそろ東京をでたいなぁと思った。
普段は何にも気にならないのにね。
でも早くお店に行きたいとも思った。
みんなに会いに、人に会いに。

こんな日には大好きな人達に会いたくなる。



珈琲がおいしい。
あんだんて「メキシコ」
コメントが、風のような珈琲と書いてあったので。
高温で、溜めずにいれたら、本当に風の様な気持ちよさだった。


 
 

木と椅子と珈琲

今週末は代々木公園でのearthday2006に出店していて
いつもよりすこし忙しい日々でした。
今日はカフェでの仕事のあと、疲れていたけどイベント会場に様子を見に行きました。
すぐそばで浜崎あゆみさんのコンサートがあったり、
UAやbonnie pinkといったアーティストのライブもあったため、
曇り空の今日は、それでもものすごい人でした。しかも日曜日。
原宿の駅はみごとに人の海でした。

あーすごい人・・・と思いつつエクリュまでたどり着き
みんなが頑張っている様子をご苦労様、と挨拶。
ぐるぐる歩いて回る元気もなくて
人を見ていると風邪をひきそうだったので
夏に向けてあたらしいみどり色の葉をつけた木と空をながめていました。
珈琲のかおり。

ルヴァンの横のルシャレで働いていたその人は・・・名前は聞き忘れたなぁ。
こんなイベント会場で、豆を挽くところからちゃんとペーパードリップで
おいしい珈琲をいれてくれていました。ひっそりと。
おいしかった。ほんとに。

眺めていた木の下に椅子があって、
ドリップの間話して、ゆっくり座って飲んで、カップを返して。
なんだかシンプルなその形が理想的だった。
椅子と、空と木と、珈琲道具があればいいんだな。

それにあとはみとれるようなドリップの技。
上手だったな。
ずっと見ていたいと思ったのは、
大坊さんのドリップと友達のドリップについで3人目。

外でのむ珈琲は、こういうしっとりした日がいいな。
おいしかったなぁ。
疲れも、なにもかも、心地よいものにかえてくれた
ご褒美の様な一杯でした。


 

秘訣

 
今日はお休みで、先月のおわりにひょんな事から始めることになった
お茶の先生のところへ行きました。

前回は先生に出会い、そして今日ははじめてのお稽古。


本当に、何にも知らないのだ。と言う事に出会うのは久しぶりだ。
ナーンニモわかんない!と、赤ちゃんのよう。開き直る・・・
お辞儀の仕方も、座り方も、ふすまの開け方も、歩き方さえわからーん!
それ以前に、先生の家に入る時に鳴らすチャイムのならし方や
挨拶の仕方でさえウームと悩んでしまう。
最近のわかいもんは・・・とほほ。と吹き出しがでてきそうな心境です。

今日いちばんおもしろかったのは、やっぱり帛紗のたたみ方。
ぎこちない手つきて先生をまねしてみる。
真剣に先生を見て、まねる。
くりかえし、くりかえし、繰り返す。

「・・・そこで左膝の上で一直線にして、まっすぐ伸ばして、
そうそう、中央まで戻ってつかんで三つ折りにして・・・」
というふうに、つぎの動作を言葉で導いてくれる。
覚えようとせず、ただ繰り返す。
すると、段々ひとつひとつの小さな動きが流れに変わる。
きれいだなぁと思えるほどに、しなやかに帛紗を扱う日はいつかくるのだろうか。

何も知らない事に出会う事はものすごく久しぶりなのですごく楽しい。
感謝という行為が自分のライフワークで、お茶を出す事がその手段だと知ったときから
ずっとずっと出会いたかった茶道という道。
自分の基本に通ずるこの道にようやく立てるときが来たのかな。
どんどん、根っこに近づきたい。
一期一会、そしておもてなし。

出会った時先生は、茶道とは人を好きになる方法だと言った。
この先生に会いたかった!とその瞬間思った。
すてきな先生に巡り会えたつながりにも感謝だ。
先生は、小学校2年生の頃に二年間住んでいた浦和での
大好きな友達のお母さんの叔母さんだ。
・・・なんとも縁とは不思議ですてきだ。


どんな出来事が起こるかわからないなぁ。
だからどの瞬間も大切に、
じぶんに出来るだけ、まっすぐ向き合いたいなと思った。

 
帰り際に玄関先で先生とおしゃべりをしていたら
いい事を教えていただいた。
どんなところからその話になったのかは覚えていないけど・・・
「うちの旦那は、すごくお母さんを大事にする人だった。
だから嫌な事があっても姑との関係だけは我慢してもだいじにしたわよ。」

そっかぁと思った。
その人が大事にしている事を、大事にすればいいんだ、と思った。
当たり前の事かな。
でもそれがいろんな人を、幸せに出来る秘訣なんじゃないかと思った。

 

ふと気づく

いまの、この生活がもし終わるとしたら、
ものすごくさみしいだろうなと思った。

日頃わすれているけど、
晴れた日のお昼に洗濯物や布団を干して、
風通しもよくたまった仕事なんかをしている時にそんな事を思い出した。

ひとりの、自分だけのペースで暮らせるこの部屋。
なにも干渉されず、しずかに自分の時間を過ごす。
仕事の事や、友達の事や、色んな事を考えていてその幸せにまた気づく。
あーなんて貴重な時間なんだ・・・と思う。

もっと、大切にしよー!

 
ここ最近ダヴィンチコードにまんまとハマっています。
ほんとは読む気なかったのになぁ・・・
でも家に帰ると、ダヴィンチの誘惑に勝てる訳もなく全世界の人々がそうである様に
私もまた今夜、睡眠不足になってしまうんだろうな。 
 

don't cry ;-)

大切なひとにだからこそ、
感じたことを伝えたい。

ありがとうも、
ごめんねも、
かなしいな、も。

まぁ私には出来ないことばかりだけど。
今日は泣いてるあなたの話を聞いてそう思った。
我慢なんか遠回りなんだ。

自分とつながる人達がみんな笑ってられる為に、
自分に正直に、自分の事をもっと知りたいと思った。