なんかまもられてる














まもられてる、君も、私も。

(黒磯公園のお気に入りのトーテムポール)

 
 

やるせなさ

昨日茂木さんが本の中でこう言っていました。

僕は一生懸命に生きています、
そんな中で、忘れてしまっているものがふと蘇る。
本当は大切にしなくてはいけないけれど、
忙しさの中で情熱をアテンドできていない。
そういうものに気が付いたときに、やるせない気持ちになります。

わかるわかる。このページを読んで、幸せ感と同時に感じる抜け出したい感をグッととらえることができてなんかスッとしたのです。そういう自分の記憶にまつわる感情、たとえば「なつかしい」とか「やるせない」とかっていうのは、誰かと共有できないんだなって思った。私がうわ〜なつかしい!って思っていても隣の人にその記憶がなければなつかしいのは私だけ。だから話す必要もないんだな〜って思った。何でもかんでも話しちゃう私としては、ちょっと気をつけようと思ったわけです。


 

コーヒーはスイッチ

















昨日の晩、大好きなご夫婦から夕ご飯にお招き頂きました。誰かの自宅にお呼ばれするのも久しぶりだったのと、少しお酒も頂いたのとで、なんだか楽しい夜でした。お二人がのんびりていねいに、そして楽しく暮らしている感じがすごく印象的で、夜が明けて自分の家に帰ってきてからはもくもくと掃除をしました。めずらしく明日も休みなので家の中にためている仕事をこなしていきたいと思います。机の上に山のように積まれている”時間があったらやろう”コーナーに手をつけます。そしてこんな風によ〜しやるか、という時にいつもお湯を沸かしてコーヒーを淹れることに気が付きました。自分にとってコーヒーはスイッチみたいなものなんだと思います。緑茶でも紅茶でもなく、それはコーヒーにしか押せないスイッチです。


 

未成年

















どうも最近安全圏で生きているようで、それがいつもどこかで気にかかる。オトナになったような、自分の外にある基準で生きているような、自分の生から離れてしまったような変な気持ちだ。なんとなく上手くいっていて、何も不自由ない。でも何か、なんでもいいんだ、変化が必要だ。と思った夜。本の中の未成年の頃、という言葉になんだか触発された夜。

 

押戸石の丘























阿蘇の森の奥にある押戸石の丘。yamaに教えてもらってお父さんお母さんと迷って迷って早朝に到着。九州のまん中にこんなに開けた場所があるとは驚きました。そして見たことのない不思議な空間。なんかすごいなぁという印象です。またゆっくりと来てみたい。


 

ごほうび

















最近、ご褒美のような言葉を頂くことが重なり本当に有り難いなぁと。でもその後すぐに、ハァ〜と落ち込むような自分の未熟さに気が付いて、という繰り返し。その繰り返しの中でもっともっと自分の対処方を掴んでいけたらいいなと思うのですが。30代、40代、50代・・・ずっと勉強して、なにかしら自分で認められるような人になれたら、そうしたらそれを今度は磨いてピカピカにして、時間を過ごしたいなと何十年後かのことを想い描いているところです。

先週初めて教育係として担当させて頂いた後輩のお別れ会で、なんだか最後はよくわからない気持ちで涙がとまらず、久々にしばらく泣きました。6歳も年下なのにしっかりしてて冷静で、いつも私を叱ってくれて、フォローしてくれて、私にとっては最高のスタッフでした。次の日仕事にいくと、なんだか昨日までとは違う自分がいるような気がして、また新しい日が始まったんだなってその日は特別、今日が始まることを感じました。今日もがんばってるからね、って遠くにいる大切な誰かになんとなく報告するような気持ちで今はエプロンを締めています。